【#15コラム】恋愛中の私は、いつも証拠探しをしていた。もはや恋愛探偵

こんにちは、ゆいです

今日は
恋愛中の私は、いつも証拠探しをしていた
という話をします。

昔の私は、
恋愛をしている時ずっと
“愛されている証拠”を探してました。

返信が早いか
会いたいって言ってくれるか
電話してくれるか
優しい言葉をくれるか
私をどれくらい優先してくれるか

そういう相手の行動を見ては、
「私は愛されてる?」
「ちゃんと大事にされてる?」
って、毎回答え合わせみたいにしてたんだよね。

で、その証拠が見つかれば少し安心する。
でも、少しでも足りないとすぐ不安になる。

返信が遅い
今日は少しそっけない
前より会いたがってない気がする

それだけで、
「あれ、もう好きじゃないのかな」
「私のこと大事じゃないのかも」
って一気に苦しくなってた。

今思うと、
私は恋愛を楽しむというより
ずっと判定してたんだと思う。

この行動は愛がある
この行動は冷めてる
これは大事にされてる
これは雑に扱われてる

そんなふうに、
相手の行動をずっとジャッジしてた。

でも、そうやって証拠探しをしてる時って
本当の意味で安心はできないんだよね。

だって、
ひとつ証拠が見つかっても
また次の不安が出てくるから。

今日は優しかったけど明日は?
好きって言ってくれたけど本心は?
会ってくれたけど義務じゃない?

こんな感じで、
安心したくて確認してるのに
逆に不安を終わらせられなかった。

しかもその見方をしてると、
相手の行動をそのまま受け取れなくなる。

優しさも
“本当に?”って疑うし、
少しの変化も
“何かあった?”って悪い方に取る。

そうなると、
恋愛ってすごく苦しい。

昔の私は、
愛されてる実感がほしくて証拠を探してた。
でも本当は、
証拠を集めないと安心できない状態そのものが
もうしんどかったんだと思う。

今は前より、
相手の行動を細かく採点しなくなった。

もちろん不安になる日もあるけど、
全部に意味をつけて
愛の有無を判定することは減った。

愛って、
毎回証拠を回収しないと成り立たないものじゃないと思う。

相手の行動をジャッジし続ける恋愛より、
少しずつ信頼を積み上げられる恋愛の方が
ずっと楽だし、ずっと穏やか。

昔の私は
愛されてる証拠を探すことに必死だったけど、
今は証拠探しをしなくても
安心できる関係を大事にしたいって思っています。

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